天国とか本当にあると思ってる大人が実際けっこういることに大人になってから気づいて驚いたぜ、
とか、
呆れたぜ、
とか、
そういう話を聞いた。
世の中には良かれと思ってできた嘘がいっぱいある。
「コーラばっかり飲んでると骨が溶けるわよ」
「嘘ばっかついてるとエンマ様に舌を抜かれるわよ」
そして世の中にはけっこう深読みしている人がいる。
大人が子供をしつけるための嘘とか比喩だと気づいている子供もいるらしいのだ。(可愛くないにも程がある。私はかなり大きくなるまでサンタクロースを信じていたほうだ)
そして実際のところは、教育のための嘘、と思っている大人もいるし、
本当に心からそう思いこんで訴えている大人もいる、ということらしい。
後付けでこの光景を見渡すと、これは大人とか子供とかそういう問題ではないと思えた。
指導者と信ずる者の関係における問題で、その連鎖が成人したあとに続くのも自然だ。
嘘をついても良い、迷信を信じても良い、
逆に、
騙されても良い、変な比喩だと内心思いながら認識するも良い、
winwinな関係であればそれで良い、それで良い方向にいければ良いのだな、と。
馬鹿にしたり反抗したりするのがもっとも生産性が無く、子供な態度であって、
だまされることが子供なのではない。
2014/03/09
2014/01/30
minority
大好きだったウォッカカクテルのガラナ味、
生産停止になってしまうらしく、
「最後の在庫あげるよ」、ってお世話になっている演奏のハコにて。。
ありがとう、でも、、どうしていつもいつも。。。
私は見る目がない。
私のお気に入りはことごとく消えていく。
お気に入りのお菓子はすぐにコンビニから消える。
お気に入りの飲食店はすぐにつぶれる。
お気に入りの海外ドラマは すぐに打ち切りとなり、煙に巻くようなラストスパートでエンディングを迎える。
お気に入りのBlackBerryは日本上陸前に虫の息。
お気に入りの女性は気が付くと居なくなってる。
お気に入りのタレントはゲイであることが発覚する。
もはや、これらを歌詞にすればダークサウンドオブミュージックの完成だ。
お気に入りのミュージックは私の心に染み渡り、たとえレコードは廃盤になっても共に生きていくのである。
って、、、最後にひとこと良い事添えなくてもいいんだよ、って誰か言ってください。
2014/01/11
brain
自分は昔からこういう妙な症状の時がある。
↓
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2008/0128/166193.htm
ある日突然、いつもとは時間のスピードが違っているように感じる症状だ。
加えていろんな事象がちょっとオーバーに感じる。
人々の笑い声とか、感情表現に対する感受性が何割か強くなる。
あまり長く症状をひきずると困るが、
頻度は低いし、自分も周囲も迷惑かからないので放っておいた。
っていうか、生き物だから、個体差とかあるから、いろいろあるさ、と。病気ととらえていなかった。
どちらかというと己の中でモードが変化するからこの事に気づいたのであって、
生れてから死ぬまであっちのほうのモードに入っていたら気づかずに一生を終えるだろう。
もしかしたら一生あっちのモードの人もいるのかもしれない。
しかし、こういうのは証明するのが難しい。脳が感じているものがその人の世界だからだ。脳の数だけ宇宙がある。僕が感じている色彩とか、僕が見て感じ取っている青色があなたにとってまったく同じ青色であることを証明できない、というのは有名な命題だ。
リファレンスが存在しないのに
「僕が感じている時間の流れは、君が感じている時間の流れより速いよね?」
なんて会話ができるわけがない。
「今日は昨日より時の流れが速いよね?」
って話をいったい誰が共感してくれるだろうか?
しかし!!
「そういうふうに感じることがあるよね」
ってwebに書き込みがされているという事実、
ちょっとそこに感動してしまったよ。
おじさんはIT系弱いから、インターネットの恩恵とか正直今までよくわからなかった。
でも、こんなに説明が難しくて、一部の人にしか起こらない(!?)症状について、
共感し合ってる書き込みを見つけて、ものすごく興奮しました。
補足 : この文章を見て心優しいかたがちょっと心配してくれてしまったので書き足しておきます。自分、この症状でまったく悩んでいません。あ、でた、スーパーモード!!
、みたいに楽しめるくらいでございます。すんません。。
↓
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2008/0128/166193.htm
ある日突然、いつもとは時間のスピードが違っているように感じる症状だ。
加えていろんな事象がちょっとオーバーに感じる。
人々の笑い声とか、感情表現に対する感受性が何割か強くなる。
あまり長く症状をひきずると困るが、
頻度は低いし、自分も周囲も迷惑かからないので放っておいた。
っていうか、生き物だから、個体差とかあるから、いろいろあるさ、と。病気ととらえていなかった。
どちらかというと己の中でモードが変化するからこの事に気づいたのであって、
生れてから死ぬまであっちのほうのモードに入っていたら気づかずに一生を終えるだろう。
もしかしたら一生あっちのモードの人もいるのかもしれない。
しかし、こういうのは証明するのが難しい。脳が感じているものがその人の世界だからだ。脳の数だけ宇宙がある。僕が感じている色彩とか、僕が見て感じ取っている青色があなたにとってまったく同じ青色であることを証明できない、というのは有名な命題だ。
リファレンスが存在しないのに
「僕が感じている時間の流れは、君が感じている時間の流れより速いよね?」
なんて会話ができるわけがない。
「今日は昨日より時の流れが速いよね?」
って話をいったい誰が共感してくれるだろうか?
しかし!!
「そういうふうに感じることがあるよね」
ってwebに書き込みがされているという事実、
ちょっとそこに感動してしまったよ。
おじさんはIT系弱いから、インターネットの恩恵とか正直今までよくわからなかった。
でも、こんなに説明が難しくて、一部の人にしか起こらない(!?)症状について、
共感し合ってる書き込みを見つけて、ものすごく興奮しました。
補足 : この文章を見て心優しいかたがちょっと心配してくれてしまったので書き足しておきます。自分、この症状でまったく悩んでいません。あ、でた、スーパーモード!!
、みたいに楽しめるくらいでございます。すんません。。
2013/12/28
2013/12/25
2013/12/15
singing
人は歌う。
特別何か伝えたいことがなくても歌う。
例え上手でなくても歌う。
でも上手に歌えないからちょっぴり恥ずかしい。
自転車をこいでいる時はみんなオンステージ。
誰もが輝く魔法のステージ。
ベタではあるが見事にあてはまる光景を見たら
空からポエムが聞こえてきた
空からポエムが聞こえてきた
2013/12/12
cooking
マイルスの名盤の話をしたいわけではない。
かといって自分はまったくもって料理がだめな人だ。
しかし、
温かい心で聞き流していただきたいのだが、
子供の頃ホットケーキを 作るのが大好きだった。
普段早起きできないくせに、休みの日になるとワクワク早起きしてなぜかホットケーキを作る。
家族はふとんの中でぬくぬくしながら可愛い長男が作るホットケーキを待っている、
というとてもいい話だ。 この際たとえ味がまずくてもいい話だ。
家族は喜んだ。それで、変に自信を持ってしまったのが運のつきだ。
(大人になった)ある日、友人に
僕はホットケーキを作るのが得意だ、とうっかり言ってしまったのである。
その後の展開はまったく予想していなかった。
はっ!?ホットケーキって料理か!?
いちおう聞いておくが、市販のホットケーキミックスを使うんだよね?
おいしく作れるように研究されたホットケーキミックスを使って作ったホットケーキがおいしいと、そういう話だよね?
どう考えても、君は何一つすごくない。賞賛されるべきはその馬鹿でもおいしいホットケーキを作れるようなミックスを開発した森永かどこかの会社でしょ?
かなり落ち込んだ。だが本当に落ち込んだのは少しの間で、実際はけっこう考えさせられた。
料理のスキルっていったいなんなんだ?
どこを起点に再現性が望まれるものなんだ?
ホットケーキミックスを売ってない外国でも同じ味が再現できないと能力として認められないのか?
(確かにアメリカで大好きだったブラウニーミックスが日本で売っていないので再現できなかったりする)それとも、無人島にほうり出せれても再現できないとだめなのか?いやいや、小麦を育てる能力、にわとりを育てて卵を得る能力はいくらなんでも問われていないだろう。。
だんだん屁理屈になってきた。。。しかし料理ってやつはたとえ同じ食材が手に入っても初期値を完璧にそろえることが難しかったりする。温度とか水分とか塩分とか、何人前作るときも同じ熱伝導度の器具を使うとか。
自分はそのへんまったくセンスが無い。そういうのを器用にこなす人の手さばきは魔法みたいに目に映る。
しかし音楽職人としてはそこをあきらめるわけにはいかない。身に着けたスキルは無心で再現できなければならないのだ、と無理やり教訓にリンクさせ、自分に言い聞かせておく。
かといって自分はまったくもって料理がだめな人だ。
しかし、
温かい心で聞き流していただきたいのだが、
子供の頃ホットケーキを 作るのが大好きだった。
普段早起きできないくせに、休みの日になるとワクワク早起きしてなぜかホットケーキを作る。
家族はふとんの中でぬくぬくしながら可愛い長男が作るホットケーキを待っている、
というとてもいい話だ。 この際たとえ味がまずくてもいい話だ。
家族は喜んだ。それで、変に自信を持ってしまったのが運のつきだ。
(大人になった)ある日、友人に
僕はホットケーキを作るのが得意だ、とうっかり言ってしまったのである。
その後の展開はまったく予想していなかった。
はっ!?ホットケーキって料理か!?
いちおう聞いておくが、市販のホットケーキミックスを使うんだよね?
おいしく作れるように研究されたホットケーキミックスを使って作ったホットケーキがおいしいと、そういう話だよね?
どう考えても、君は何一つすごくない。賞賛されるべきはその馬鹿でもおいしいホットケーキを作れるようなミックスを開発した森永かどこかの会社でしょ?
かなり落ち込んだ。だが本当に落ち込んだのは少しの間で、実際はけっこう考えさせられた。
料理のスキルっていったいなんなんだ?
どこを起点に再現性が望まれるものなんだ?
ホットケーキミックスを売ってない外国でも同じ味が再現できないと能力として認められないのか?
(確かにアメリカで大好きだったブラウニーミックスが日本で売っていないので再現できなかったりする)それとも、無人島にほうり出せれても再現できないとだめなのか?いやいや、小麦を育てる能力、にわとりを育てて卵を得る能力はいくらなんでも問われていないだろう。。
だんだん屁理屈になってきた。。。しかし料理ってやつはたとえ同じ食材が手に入っても初期値を完璧にそろえることが難しかったりする。温度とか水分とか塩分とか、何人前作るときも同じ熱伝導度の器具を使うとか。
自分はそのへんまったくセンスが無い。そういうのを器用にこなす人の手さばきは魔法みたいに目に映る。
しかし音楽職人としてはそこをあきらめるわけにはいかない。身に着けたスキルは無心で再現できなければならないのだ、と無理やり教訓にリンクさせ、自分に言い聞かせておく。
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